間所弁護士 中国新聞「ちゅーピー法律相談室」で答えました。(中国新聞 平成28年8月1日朝刊掲載)

 法律相談室161 貸し物件相続へ、契約整理したい。

 間所了弁護士(広島弁護士会所属)が答えます。

Q 20年前に夫が亡くなり、80歳で1人暮らしをしています。義父の代から相続してきた貸し物件の管理が長年、できていません。ずっと同じ名義で家賃が振り込まれますが、借り主は別の人に代わっているようです。ご親族の誰かだと思われます。息子への相続のため、賃貸関係を整理しておく方法はありますか。

A 賃貸借契約に基づいて物件などを使う権利を「賃借権」といいます。この賃借権は相続できます。従って物件の借り主が死亡した場合、借り主の子や孫は賃借権を相続し、そこに入居することができます。
 しかし貸主の承諾がないまま、物件を相続人以外の人に賃すことは「無断転貸」と呼ばれ、認められていません。例えば、借り主が別の場所へ転居し、貸主に了解を取らずに代わりに友人を入居させることはできません。借り主が死亡した後、その従業員が入居した場合も無断転貸となります。
 そのような場合、貸主は賃貸借契約を解除できる可能性があります。ただ、新しい入居者が元の借り主の名前で、貸主の指定口座に賃料を振り込んでいると、貸主が無断転貸に気付くことは難しいでしょう。
 今回はまず、賃貸権の相続なのか、無断転貸なのかを確かめる必要があります。すなわち、入居者と元の借り主とが親族関係かどうかを調べなければなりません。専門的な調査になりますから、弁護士に依頼するとよいでしょう。
 もし、入居者が元の借り主から賃借権を相続しているのであれば、貸主は入居者との間で新しい賃貸借契約を結んでください。その際、賃料を適正な額に増減させたり、明け渡し期限を定めたりすることも考えられます。
 入居者が無断で増改築をしていた場合も、賃貸借契約を解除できる可能性があります。
 ☆個別の事情により結論は異なります。

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間所弁護士在職40年表彰を受ける

 間所弁護士は、平成21年(2009年)10月9日、中国地方弁護士会連合会大会(岡山市)に於いて在職40年表彰を受けました。「これからも、初心にかえって、事務所スタッフと力を併せて、地域住民の人権擁護のために頑張ります。」

表彰状

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弁護士列伝-学生が直撃インタビュー!(平成24年7月12日)(弁護士ドットコム特別企画より)

間所了先生にインタビューをさせて頂きました。

Q1.なぜ、弁護士になろうと思われたのですか?

A1.小学校の時にリンカーンの伝記を読んだことがきっかけです。リンカーンは、苦学して弁護士になり、やがて政治を目指し、大統領となり、奴隷解放を行った姿に感動した。子ども心に、単純にいいなあと思いました。そして、大学に入って将来の事を考えた際に「私も社会正義の実現のために何かできることはないか」と思い、弁護士を志しました。

Q2.実際に弁護士になってみて感じたGAPはありますか。

A2.全て奇麗事では成り立たず、少年の時代にあこがれていた世界と違う面はたくさんあります。しかし、困った人を助けたいという理想を貫く姿勢は昔も今も変わ りません。世間が弁護士というものはどのように見ているかを意識し、子供たちの夢を壊さないように弁護士業を頑張りたいと思います。

Q3.弁護士のお仕事の中で嬉しかったことは何ですか。

A3.負けそうな事件に勝てた時です。敗訴になりそうであれば、和解に持ち込むとか等、なんとか証拠を組み立てて少しでもいい方向に向かうよう努力するのが弁護 士の仕事です。せっかく頼って来てくれたのに何もできなかったら依頼者の方に申し訳ないし、自分としても悔しいです。絶対に何らかの形で依頼者の願いを実 現したいですね。だから、思い切って判決をもらい、勝てたときは本当に嬉しいです。

Q4.弁護士になって一番大変だと感じることは何ですか。

A4.若い頃は先ず生活を安定させることが大変でした。昔は弁護士の広告・宣伝はNGだし、法テラスの制度もありませんでした。依頼者を通しての評判で知名度を上げるしかないので、いつ依頼が来るかわからず、不安でした。また、ある程度の年齢になれば、逆に健康管理が大変です。あまりのハードワークに体を壊す弁護士もたくさんいます。

Q5.弁護士としてお仕事をする上で意識していることは、何ですか。

A5.信頼される弁護士です。あの先生なら間違いないと云われる弁護士です。命の次に大切な物(例えば実印)でも預けてもらえる弁護士です。いつでも、事件の大・小を問わず、全力を尽くします。

Q6.弁護士として特に関心のある分野は何ですか。

A6.青少年の健全育成です。日本の将来を担うのは今の子供たちであり、彼らが健全に育つかどうかに日本の将来がかかっています。しかし、今は虐待が多く、子育てができない親が多い。これは大変な社会問題です。子供たちが健全に育つ環境を作りたいと思います。

Q7.今後の弁護士業界の動向はどうなるとお考えでしょうか。

A7.弁護士が多くなれば、非難を受ける弁護士も多くなります。近年、金儲けに走る弁護士が多くなり、弁護士が悪いことをするニュースを多々目にします。これは 大変ゆゆしき事態です。昔と違って年に2000人近くの弁護士が増えるので弁護士のモラルが落ちているのでしょうか。この状況を抜け出すために弁護士会が 責任もって規律保持に務めていかなければならないと思います。又、弁護士会は社会の動きに合った法整備に関与することが求められます。グローバル化、国際 化に対応することも必要で、法律が今の世の中にあっているか、あってないか、常に点検し、整備しなければなりませんが、会として適切な意見具申をすべきで す。

Q8.今後のビジョンについて教えてください。

A8.私は弁護士と同時に議員でもあり、議会活動も同じようにやっています。議会活動の時は法廷に出ることができないので大変ですが、社会正義のことを考えると 議員も弁護士も同じ土俵なので全く違った世界で働いている気はしません。政治家も弁護士も依頼者から要望を受け、その実現のために全力を尽くすという人間 関係が中心の仕事です。法務省にものを言える立場にもなるので弁護士が議員になることは必要だと思います。

Q9.中央大学出身ですが、そのまま東京に残ろうと思ったことはありますか?

A9.ふるさとは自分を育ててくれた場所です。ふるさとに恩返しがしたいし、山の中で育っているので東京の雑踏の中では安らぎがなく、田舎に帰って自分のペースで働くのが性に合うと思ったので東京に残ろうとは思いませんでした。

Q10.四十年表彰を受けてのお気持ちを教えてください。

A10.やっぱり健康が一番です。同期で病気で亡くなった者もいますが、弁護士の仕事は他の者に代われないので、休業して十分に治療ができないこともあるのです。 健康があって初めて弁護士も責任を全うできるのだと思います。健康に気をつけて日々仕事に励んだ結果が、40年表彰につながりました。

Q11.開業当時、広島の最年少弁護士になった感想をお聞かせください。

A11.今は若い方がたくさんいますが、当時、地方では20代の弁護士がとても珍しかったです。重宝されましたが、若いと依頼者の方に経験不足だと思われそうなので、服装などに気を使って老けてみえるようにしたものです。

Q12.保護司会連合会会長とはどのような仕事ですか?

A12.広島県の保護司の総まとめです。保護司の役目は罪を償う手助けをしたり、改善更生を促したりするボランティアです。この役目は弁護士の仕事の延長線上だと 思いますが、弁護資格をもった保護司は多くありません。私は、後輩の若い弁護士にもっともっと保護司になってもらいたいと思います。

Q13.ページを見ている法曹界を目指している方に向けてのメッセージをお願いします。

A13.森の中にいて、山のどの辺にいるか、山の形をつかむことは難しいし、道がないところを考えると迷います。それと同じで、今学んでいる法律が法体系のどこに 位置しているか、どうしてこの法律が、この社会で必要か、を常に考えて学ぶことが大切です。言わば、法律の役割を考えて学ぶことです。そうすることで理解 が早まります。

<取材学生からのコメント>
間所先生は議員や保護司連合会会長など様々な仕事をこなしています。お話を聞き、どんな土俵に立っていても「社会正義」についてしっかりと考えている先生だと思いました。また、四十年表彰のお話から健康の大切さを改めて感じさせられました。私も体に気をつけながら日々の学業を頑張りたいです。間所先生、貴重なお時間ありがとうございました。

首都大学東京3年 野崎友里

弁護士ドットコム特別企画 弁護士列伝-学生が直撃インタビュー!- より

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平成22年7月24日(土)朝日新聞に掲載されました。

『 広島市の女性遺言 自宅跡が集会所に 』

平成21年11月16日 岡峰会館起工式
(右側が間所弁護士)

 岡峰夫婦の経歴を紹介した銘板

 広島市東区東蟹屋町の自宅を取り壊し、新しくできた鉄骨2階建ての集会所。
 寄付した故・岡峰禮安(レア)さんの名にちなみ、「岡峰会館」と名付けられた。禮安さんは戦艦大和の乗組員だった夫の正雄さんと結婚し、1954(昭和29)年から同町内で生活。90年11月に夫に先立たれ、その後約19年間、一人暮らしだった。近所の住民らは声かけを欠かさず、禮安さんは生前、「この町が大のお気に入り」と話していたという。

 禮安さんはJR広島駅近くで長年、夫婦で靴屋を営んでいた。子供がおらず、生前、遺産について弁護士で県議の間所了さん(70)に相談。2003年10月に作成した遺言公正証書に「全財産を東蟹屋町に贈りたい」と記した。遺言執行者に指定された間所さんは「気持ちを形にしたい」と考え、当時の町内会長らと話し合って集会所建設に合意し、今春完成した。

 先月19日にあった落成式には、近所の住民ら約50人が出席。東蟹屋町東部町内会長の滝山章(あきら)さん(74)は「集会所は町内会の夢でした。岡峰のおじちゃん、おばちゃんありがとう」と感謝の言葉を述べた。禮安さんと生前親交があった町内会の人々は「誰にでも笑顔で話しかけ、みんなに慕われていた」「昭和30年代、テレビをいち早く購入したのが岡峰さん宅。『見においで』とよく誘ってもらった」と懐かしんだ。

 正雄さんのめいにあたる親族の浜岡京子さん(57)と渡辺笑子(えみこ)さん(71)も出席。「自分で何でも決めておかないと気が済まないおばちゃんらしい」と話していた。

 集会所の玄関横には、岡峰さん夫婦が寄り添う写真と、2人の経歴を記した銘版が設置された。

【平成22年7月24日(土)朝日新聞より転載】

平成22年6月19日(土)岡峰会館落成式

平成22年6月19日(土)岡峰会館落成式

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